私塾|音ノ雲 TOMITA Method について 

はじめに

TOMITA Method(トミタメソッド)とは音楽家・冨田勲が実践した創作活動(事例)そのものです。

冨田勲は1970年代に劇伴作曲家として国内で大きな成功を収めていた中で ”シンセサイザー音楽の作品を個人スタジオで制作、当時未開の 電子音に個性や情感を持たせるために「作曲と音響を融合した表現」を探求し、海外レーベルから全世界に発売した作品のレコード原盤を自身 の個人プロダクションでマネジメントする” という偉業を遂げました。それら作品は世界的な評価を受けています。

トミタメソッドとは「作編曲、演奏、録音、ミックスダウンまで一貫してアーティスト本人が仕上げる音楽制作とアーティスト自身による知財マネジメント」の事例です。 今ではYOUTUBEといったプラットフォームで誰もが簡単に作品を発信できるようになりました。半世紀前の音楽産業構造の中で冨田勲が成し遂げた創作とマネジメント事例は今日においても多くを学べる事例教材です。

本ページでは冨田勲が2000-2010年に大学で取り組んだ教育内容をレポートとして残します。


私塾|音ノ雲  野尻修平

2020.01.06 初稿
2020.01.27 校正
 
 

2000.04-2004.03 トミタレッスン(学部)

TOMITA Lesson(トミタレッスン)は、冨田勲(以下、冨田先生)が音楽大学で実践された指導(2000〜2004)です。 2000年に新設された尚美学園大学 芸術情報学部 音楽表現学科音楽メディアコース主任教授に冨田先生が就任され、専攻実技(トミタレッスン)が始まります。 レッスンはメディア界そのものを学ぶという冨田先生の考えで「1~2年次はMIDI」「3~4年次はADUIO」という大枠のカリキュラムが組まれていました。

1~2年次 Midi&FilmSocoreing

1~2年次は、冨田先生がご自身の仕事で担当された映像等に音楽を自作する課題が出されました。 課題はVHSテープで音声にタイムコート(LTC)が入っており、レッスン生はDAWを同期させて作曲をしました。 それらの作品評価は冨田先生のみならず、外部からゲストを招き、レッスン生の映像音楽を比較視聴してもらい、好みの作品に投票してもらうといった採点法もとられました。

作曲指導については、和声や楽式論・対位法といった音楽理論における誤りを指摘するだけではなく、レッスン生が自発的に気づくヒントを与えるような内容が多かったと思います。 例えばオーケストレーションを学ぶ場合、レッスン生の野尻修平に対しては「レスピーギ」を、山口裕史に対しては「プロコフィエフ」の探求を勧めたようにレッスン生の志向性や音楽的な個性を見出していたように思えます。 冨田先生ご自身も学生時代に”「ストラヴィンスキー」をピアノ用に編曲したことで管弦楽の構造を学んだ。”と公言しておられます。

3~4年次 Audio&Surround

3~4年次はオーディオ編集~サラウンドミックスを学びました。冨田先生の「惑星」「源氏物語幻想交響絵巻」やディズニーシー「波のフーガ」などの作品や学外のプロのエンジニアからの助言に学び、 レッスン生はそれぞれ自作品やクラシック作品のサラウンドミックスに取り組みました。レッスン生のサラウンド作品は学外での発表や専門誌での紹介の機会が与えられ、 野尻修平の「ローマ三部作」は在学中に日本コロムビアからリリースする成果を生んでいます。 この時、野尻修平はレッスン時間外で起業やレコード原盤契約などの音楽マネジメント部分についても冨田先生から多くの指導を受けています。 これは、後にTOMITA Method(トミタメソッド)と称される「作編曲、演奏、録音、ミックスダウンまで一貫してアーティスト本人が仕上げる音楽制作スタイルとアーティスト自身による知財マネジメント」を 冨田先生直々のご指導でレッスン生が実践した唯一の事例となります。

学外発表の機会は、A&Vフェスタ(Denonブース)、InterBEE(SteinbergJapanブース)、メディア芸術祭(ArtDemo)、DTMマガジン誌への作品掲載(記事1)(記事2)などがあり、 すべてのレッスン生が発表の機会を得られたわけではありませんが、レッスン生にとって大きな刺激になったことは間違いありません。

冨田先生は大学教育について、よく口にする言葉がありました。 それはメディア(実社会)と大学教育(学内教室)の温度差から「天下泰平、万年豊作、肩までぬるま湯、棺桶に片足突っ込む、壊れたテープレコーダー・・・」という大変厳しいものでした。 これらは尚美学園大学に限らない大学教育に対してですが、学生に対しても同様に感じられていたと思われます。大学でやりたいことを探す若者のモラトリアム感覚は、冨田先生の「レッスン室=メディア(実社会)」と考える指導と乖離していたからです。 この乖離は学生側も感じており、当初数十名いたレッスン生も数年後には半数以上がトミタレッスンを辞めていきました。 いずれにせよ、この温度差が冨田先生が4年間で(一期生の卒業を見届けて)主任教授の職を退いたことの要因の1つであったと思われます。

 

トミタレッスンが排出した人材

山口裕史(ゲーム音楽)代表作:「大神」「ベヨネッタ」
稲毛健介(ゲーム音楽)代表作:「戦国無双」シリーズ
大嶋大輔(音楽家)著作:「やさしい楽典入門」
野尻修平(音楽家)代表作:「ローマ三部作」「ペトルーシュカ」

 
 
 

2006.04-2012.03 冨田研究室(大学院)

トミタレッスンが終了した1年後、2006年に新設される尚美学園大学大学院の教授職オファーが冨田先生のもとに届き、冨田研究室開設の検討準備が始まります。 トミタレッスンのレッスン生で在学中にレコードリリースを経験した野尻は、冨田先生からのご相談を受け、大学院に取り組む意義や、その場合の指導や研究に必要な環境について相談を重ねます。 半年間ほどの準備で膨大なメールのやり取りがあり、冨田先生の指導方針とトミタレッスンに学びプロ活動を始めた野尻の実体験、次世代の電子楽器や音響機器を取り扱う第三者各位の意見がすり合わせられて、 TOMITA Method(トミタメソッド)という指導理念で冨田研究室がスタートします。「トミタメソッド」という名称そのものは尚美学園が2000年に4年制大学となる際にはありましたが、 研究室を持ち、産学プロジェクトを推進することを機に広く使われるようになりました。

トミタメソッドとは、「作編曲、演奏、録音、ミックスダウンまで一貫してアーティスト本人が仕上げる音楽制作スタイルとアーティスト自身による知財マネジメント」の事例教材です。TOMITAサウンド秘伝の裏技ハウツー教本ではありません。
また、トミタメソッドのシンボルとしてスーツケースを用いることがありますが、これは冨田先生がスーツケースにPC(DAW)とAudioIFを入れて、どこにでもご自身が出向いて、音を仕上げる手法を表しています。 こういった手法を冨田先生は当時、「絵描きがクレーンを自ら操作して、巨大な壁画を描くようなもの」と仰っています。



冨田研究室では学部時代の専攻実技(トミタレッスン)とは異なり、研究室でプロジェクトを持ち、そこに院生が参加することによって「現場で学ぶ」というスタイルがとられています。 規模の大きなプロジェクトになるほど冨田先生が主導し、冨田勲作品と関連したプロジェクトになりました。学内では「冨田勲が大学や研究室を私物化している」という批判があったようですが、 参加した院生は決して他では得られない貴重な学びを体験したと思います。

冨田先生の言葉(研究室設置時の挨拶)

これからの新しい時代に必要なものは、自分の優れた特技を活かして社会に貢献することはいうまでもなく、 それにまつわる周辺の常識をできるだけ広く知り、事を成すことであります。 いまや科学の進歩により、ミュージシャンも、作曲・コンピュータープログラム・演奏・録音技術に至るまで、あらゆるジャンルを一人で成し遂げ、作品を作ることが可能になりました。 この制作法は、現在世界的な流れになりつつあります。したがって その作品の権利は著作権のみならず、全体を制作した事による原盤権そのものもが作者の権利になり、メディア界では認められます。 従って本メソッドでは、従来の作曲の域を超え、音響、サラウンドによる音場表現までを最終目的とし、芸術と工学、 更に法学までに及ぶ研究を院生とともに考え、 1952年以来、私が半世紀余もの間に、音楽界やメディア界で 経験してきたことを基調にし、若い彼等にアドバイスをしていきたいと思います。(2006.04)

 
 

仏法僧に捧げるシンフォニー

このプロジェクトは冨田先生が以前よりコンサート企画として残していた草案をNHKに提案するところから始まります。 企画の採用が決定する前に、冨田研究室専任助手の立場で野尻がプレロケを行い、鳳来寺周辺の調査、鏡岩周辺での演奏できるかどうか、鳳来寺のご住職との相談などを進めていたことで、 より具体的にイメージが共有され、企画はNHK地方局や放送センターを介し、最終的にNHK-BSセクションが採用する流れになりました。 鳳来寺山にある鏡岩の響きを巨大なエフェクター効果として利用した立体的な山岳コンサートは、平成19年4月28日に放送されたハイビジョン特集「冨田勲 仏法僧に捧げるシンフォニー」として完成します。 このプロジェクトの中で冨田研究室は鳳来寺山鏡岩周辺での音響測定・デジタル音源部分の制作を担います。

「冨田勲 仏法僧に捧げるシンフォニー」はテレビ・エンターテインメント番組部門において、部門最優秀賞にあたるABU賞を受賞しました。 ABU賞(初のABU総会によって1964年に確立)は、ラジオとテレビのための国際的なコンテストで、高水準のラジオ・テレビ制作の推進、教育的・文化的レベルの向上を目的としています。

録音実験 ~音雲プロジェクト~

鳳来寺山の音響ロマンを探求することによって、電子楽器や音響機器(テクノロジー)がもたらす創造性についても焦点があたります。 この録音実験は楽器音響メーカーの十数社の寄付によって、有志の和楽器演奏家、録音エンジニア、スタジオ等に協力をしてもらい、様々な環境による録音や多チャンネルのデジタル音声転送などの実験を行いました。 この実験は学内の録音エンジニアや器楽などの学科コースの協力も得て、オーケストラのホール録音にも取り組みました。 実験の詳細はプロサウンド誌にレポート記事が掲載されています。

 

交響詩ジャングル大帝2009年改訂版

1966年に発表された「子どものための交響詩 ジャングル大帝」は、冨田勲の傑作として、また、子どもがオーケストラの楽器に親しむ教材として広く愛されてきた作品です。 このプロジェクトは作品を2009年改訂版として尚美学園と日本コロムビアとの”産学協同”によって蘇らせるという主旨で取り組みました。 本作品はナレーション入りのCDと5.1chサラウンドで聴けるDVD(ナレーションon/off切替、静止画付き)のセットでブックレットには詳細な楽曲解説と手塚治虫氏がこの交響詩のために書き下ろした16枚の絵も収録されています。

このプロジェクトは音楽大学がレコード原盤制作を行い、レコード会社が販売するという産学モデルです。レコード原盤制作を大学が取り組むことによって、すべての制作過程が教材となるものと取り組まれました。 トミタメソッドの精神である「作編曲、演奏、録音、ミックスダウンまで一貫してアーティスト本人が仕上げる音楽制作スタイルとアーティスト自身による知財マネジメント」を大学組織で実践するという取り組みでもありました。

2000年に始まった冨田先生のご指導は常にトミタメソッドを根底にしたものであり、交響詩ジャングル大帝2009年改訂版の原盤制作プロジェクトはその集大成であったと言えます。

学外の活動~講演サポート

冨田先生は学外でも積極的に講演の機会を持ちました。 東京芸術大学、名古屋芸術大学、神戸電子専門学校やAESやInterBEE、その他、地方自治体主催など場で幅広く講演されています。





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トミタサウンドについて|インタビュー記事

関連リンク

冨田勲 - Wikipedia
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